戦争体験記「記憶」〜第3章「軍隊」
「不戦兵士の覚え書」
鬼塚一夫
体験記録−13

 昭和19年7月、成年男子が全国的に召集された。私は某商社の要員として延期されていたが、この時に召集を受け、済州島に連れて行かれることになった。勤務地の現ソウル市の竜山部隊に入った我々の仲間は全員30代後半の者、年配であり、不安感を抱いた生気の欠けた集団で国の前途と共に灰色に満ちた入隊であった。その夜、夕食後休憩時間に流れた第一報は40歳近い小学校長がすぐ除隊になって帰宅した事であった。部隊の下士官で、この校長のいた朝鮮人子弟を教育する学校の卒業生の好意だという。軍規厳正な世界と確信していた皆が最初に見た軍隊内部の一面であった。当夜半、貨物列車で無灯、戸は密閉のまま2日間を麗水港まで走り続けた。到着後に料亭を6軒占拠して分宿したが、ここから済州島に向うには、近海に米国の潜水艦が出没し出港出来ず、4日間を料亭宿舎でなすこともなく過ごした。話すことは戦争前途の悲観論が全てであったが、指揮者たる下士官以上は「士官室」にて料亭の女性達を各人が占用し、料理を賞味飽食していた。我々は改めて軍律の曖昧さをうかがい知った。5日目にやっと中型漁船数隻を徴用して済州島に向かったが、それまで我々の行先は誰も知らず九州方面、ソ満国境線などと諸説が流れ不安な数日であったが、これで一応は皆が安堵した。航海3日間は米潜水艦の出現を恐れ、たびたび船は停止したがその際、暗夜で島に近づくと泳ぎの達者な朝鮮人兵士が何人か脱船逃走した。難航の末に島南岸に到着したがそこから19キロの道を宿営地まで歩く事になる。約10キロの処で行軍休止。川の水を美味しく腹一杯飲んだことが今も忘れられない。途中、長期の結核で血を吐く者があり兵隊が2人付き添って原隊に戻すとの事。重病人でも連行するという非情の力に逆らうことは絶対出来ない軍組織の伝統を見た。彼らは果たして元の道を無事原隊に到着しただろうか。基地に着いたのは深夜の3時。全員が過労で口もきけず草地の上に敷かれた毛布に倒れ込み、朝まで何も分らなかった。
 翌朝9時頃たたき起され、本部の係員が来て分隊の編成があった。私は10斑に入れられ50歳余りの材木商だという男が班長だった。他は皆、軍隊には全く無縁の初老の新兵だ。天幕の中ただゴザ一枚、その上に毛布2枚を敷いたのがこれからの宿舎の寝床であった。雨天の日は周囲全体が湿気で気が滅入る。日課の仕事として4人1組で1日の食事を3回、大炊事場から自分の斑に運び、食事が終るとそれを近くの共同井戸場で洗い元の処に返す「使役」と言う当番制だ。暇なときは一日中寝床にころがるか座って娑婆の話など。
 雑談に耳を傾け飽きると横になった。前線の基地だから間もなく凄い訓練が始まるものと皆は覚悟していたが、1ヶ月過ぎても一向に基地らしい感じがしない。要するに危機感は何もない。ただ一つ、苦心するのに便所がある。20メートル四方を深く掘った穴の上部に2本の丸太を渡し、遥かの底に向って大便をする時は緊張で身が縮む。1歩でも足を踏み違えれば糞尿の中に落下し必ず死ぬ。末期の召集兵らは非力で烏合の衆に過ぎないという軍の認識の現れだ。私の存在が認められるのは月3回、斑に煙草配給の時に私が受ける本数を班長や年長の同僚に進呈する時だけに限られる。私は喫煙しないから。
 他の傲慢に泣き、自分の卑小を悲しむこともない。戦友共生の趣あり万事悠長だった。情報が走る。部隊長と上級将校らは朝鮮婦人達を各自一人づつ侍らせ、濁酒を飲み白米食や鶏を食べたりしての連日。兵隊から見ると夢幻そのものの怠惰をしているとの噂。前線と言え部隊長の姿など一度も見たことがない。ごぼう剣と水筒だけの応召兵達は員数合わせの人形である。対する相手の動きが全然捕らえられないので訓練は一日とて無かった。一説に、済州島は朝鮮半島唯一の敵米軍迎撃戦の予定基地であったので南方戦線から精鋭部隊を転進させたとも聞いたが、私の居た地区では勇姿を見なかった。目につく各班長達の集合、密談らしい動揺が続いて昭和20年8月15日終戦。天皇ご自身の放送を全員が残らず広場に集まり耳をそば立てて聞いたがラジオの不調でほとんど聞きとれなかった。変調な肉声を処々耳にはさみ、これからの祖国の歩みの困難さを互いに憶測することがその後の天幕内での毎日であった。終戦と共に朝鮮人からの徴発はできなくなり、当面の食糧として小麦を石臼でひくため朝夕に3人の兵隊が肩から縄をかけ大臼の周囲を無言で廻った。その屈辱感と敗戦。祖国の前途に思い至る時に暗然たるものを感じた。復員後、多くの戦記を読んだが、最末期での出征軍人の士魂の頽廃は下級より幹部達の方に多様な記録が読める。
 寺山修司の「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」と嘆かせた国家への悲傷感に衝撃を受けたが、老残の日夕「国、山河共に在り」て、また「天地に不滅の有情」を見る。



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