奥山 たか子 さん
アトリエにて




● 絵を始めたきっかけ
「私には双子の妹がいるのですが、幼稚園に入る前くらいだったか、児童心理学を専攻する大学生の研究対象として二人で絵を描かされたことがあったんです。まだ今ほどモノがなかった時代だったので、学生が持ってきた新品のクレパスやスケッチブックの美しさにびっくりしました。興味持ちますよね。」
そんな絵との出会いの後、小学生に上がると、奥山さんは妹さんと、近所のお絵かき教室に通わされたそうです。
「母からは絵が下手だと言われ、お絵かき教室では上手な子達の絵を前にして絵が嫌になったりもしたのですが、そこで悔しいという気が湧いてきたんですよね。」
● 双子の妹さん
「親の方針で小さい頃から『何でも一緒』にされた姉妹でした。お絵かき教室も一緒でした。絵も含め何でも私よりよくできた妹は中学で運動部へ、私は美術クラブへ入り、私は名古屋の美術課程がある高校を目指しました。でも結局妹もその高校の美術課程を目指すことになり、同じ高校で芸大を目指すことになったんです。」
奥山さんと妹さんはその後大学で別れることになりましたが、妹さんはずっとライバルであり、妹さんに感じるコンプレックスをバネに絵を描き続けた部分もあるそうです。
「妹は今でも一番厳しいことを言ってくれる批評家です。またそれが当たってるんですよねえ。」
● 日本画を選ばれた理由は
「中学校の授業で日展の美術鑑賞の時間があり、その時見た群青色、天然の岩絵の具でしか出せない澄み切った青さに惹かれました。」
● 絵のモチーフとして
「元々人物を主に描いていました。鎌倉の御霊神社(権五郎神社)の面掛行列を見た時に、その面の形相がとても愉快でとても人間的でこれをテーマにしようと思ったことがありました。」
暗い面も含めた人間の内面をテーマに絵を描こうとした奥山さんですが、そのようなものをストレートに表現することは日本画の世界ではあまり受け入れられることではなかったそうです。
「そういうものを超えた良さを出さなくてはいけないのですが、若い時はなかなか難しいんですよね。今は植物、動物、人物、幅広く描いています。」
● 絵を描いていての苦労などはありますか
「今は全くないですね。子育てが終わり、絵を描ける時間は増えましたし、個展前も絵に専念できたり、今はとてもいい時期です。ずっと一人で絵を描いてきましたが、外にも目を向けて色んな人とまじりあっていきたいと思ってます。大和美術協会に参加させていただいたのもそんな気持ちからです。」
● 絵を描こうとしている人に一言
「1回しか生きられない人生ですから自分の時間を大切にしてほしいと思いますね。続けることがとても大事です。あきらめる、あきらめないとか言う切実なことではなく、続けていれば発展も成長もありますから。」
● 大和市について一言
「大和には文化的な器がないんですよね、活躍や活動の場となるような。そういう器に合う人達はいると思います。器を作るためには市民の動きが大事ですね。大和美術協会などの動きが、他にも広がることを期待します。」





(取材:平成12年12月)

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