故 田中 清隆 さん −アトリエにて−






● 田中さんのアトリエ
「父は亡くなる1年くらい前まで絵を描いていました。アトリエにある倉庫には今でもたくさんの絵が残っています。」
田中さんが生前使われていたアトリエは今も娘さん家族が住むお宅の敷地内にそのまま残っています。壁に掛けられたたくさんの油絵に囲まれる部屋は、さながら小さな画廊のようでした。

● クリスチャンとしての絵
昭和の始め、小田急の林間都市構想の一環としてのスポーツ都市建設事業に関わったことをきっかけに、田中さんは大和の地に住まれることになりました。クリスチャンであった田中さんは、南林間の高座キリスト教会建設にも尽力され、同教会付属幼稚園の園長を30年以上務めるなど、地域での幼児教育にも長く貢献された方でした。
田中さんが生前自分が「生かされている」とおっしゃっていたような、クリスチャンとしての信仰を通した物の見方は田中さんの画業に大きな影響を与えていたのでしょう。田中さんが描いた絵からは神の創造物に対する畏敬の気持ち、謙虚に自然を見つめる思いが漂っているような気がします。
● 生前のインタビューから
大和市が発行する文化情報誌「くえすてぃ」で、平成4年、95歳の田中さんにインタビューさせていただいたものが残っています。生前の田中さんのご様子を伝えるものとして一部抜粋し掲載させていただきます。


・・・・「くえすてぃ」第3号(平成4年9月発行) より・・・・
「絵を描いていることが元気の源でしょう。それと、教会の仕事であちこちで話をして歩き、本を書いたりしているからです。絵は苦学でしたが、目的があって、それに向かって一生懸命に進んでいる時には元気です。自分の行く道がはっきりわからないと、死んでしまうんですよ。わたしは忙しくて、死んでるひまがありません」と、愉快そうに笑う。
華々しい画歴の他に、写真家としてもプロ。全日写連顧問で、何冊もの写真集や、入門書を出版している。日本最初の小劇場運動に参加した経歴もあり、現在、大和で音楽と新劇を鑑賞する会の代表をつとめる。今年も10月末の公演を計画中だ。宇野重吉の写真がアトリエの壁を飾り、滝沢修、今東光、東郷青児などの名前がポンポン出てくる。

若い頃にはベースボール誌の記者、アンゴラ兎の飼育や繊維会社の経営もした。幼稚園の園長として、幼児教育37年。この街には親子2代の教え子も多い。
どれ一つ見ても全力投球をしてきた田中さんの経歴に、頭が下がる思いと同時に、人間性の底流にクリスチャンとしての強靭であたたかく、しかも透徹した眼を感じる。
「ヌードも描きながら,バランスを取っています」と描き続ける生涯のテーマは“岩”。田中さんにとっては神の象徴だという。「神を形で見るなら岩です」広いアトリエの隅にたてかけてある、完成したばかりの大作の石廊崎や、知床の岩の作品はどれもしぼりたての絵の具の光を持ち、イキのいい鮮度で見る者に迫ってくる若々しい絵だ。静けさのうちに秘めた、エネルギーのほとばしりに対する感動だろうか。




(平成11年12月/文責:柴田 豊)

作品集

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